(大腸がんと脳梗塞その3)脳梗塞でわかった「こころとからだ」

脳梗塞でわかった「こころとからだ」の違い。

脳の病気って嫌ですね。
脳梗塞になって、率直な印象です。

自分の体が自分の意思で動かないこと。
思っていることが口から言葉とならないこと。

これ、突然に襲ってくるワケですから本当に動揺しますよ。

この時、 僕が思ったことがあるんです。
「心と体」は別に存在するんではないか・・・と。
どういうことかと言うと、「心の中で話す言葉は至って普通」ということ。言葉として口で表現できないだけで心の中の声は全く変わりなんです。普通に話せるのです。

医学的には脳から発信される内なる言葉であると思うのですが、でも、なんか違うような感じです。

この時はこのように感じたんです。
もしかたら、体は神様からの借り物で、そこに僕という心が宿っている。
 

アルツハイマーだった母と、重ね合わした。

こういう時って、父の事もそうでしたが、同じく母のことも思い出すんですね。
僕の母は、若くしてアルツハイマーを患いました。
晩年の母は、病院のベッドで寝たきりとなり、言葉もなく、表情もなく、何もかもわからなくなり、当然に家族のこともわからなくなったんです。

病院のベッドでこのようなことを思い出しました。

母を見舞いにいくと妻が必ずいうことがあったんです。

妻:見てるよ。
僕:うん。

他に妻・娘もいるのに必ず僕を見るんです。
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「もしかしたら、お母さん、わかってた? 俺が来たこと。」
「体で表現できなかっただけ?」
唯一、その時に表現できたのが「目」だけだったのかもしれない。・・・と
後の祭りですが、「もっと、話しかければよかった。」なんて、
この時に思いましたね。
 

普通の事が、普通にできない焦り。

箸がもてない、ペンが持てない、言葉がでない。
最初は気が動転して「もう、ダメか~」なんて感傷的に思ったけど、でも、少し落ち着いてくると「どうすればいい」と思うようになるんです。そうすると、左手を一生懸命に使おうと努力するんです。言葉は筆談(利き手ではないのでフニャフニャな字)です。
 
この時は、仕事の事で頭が一杯でしたが、自分では何もできなかったので妻だけが頼りでした。
フニャフニャの字で「こうしてくれ」と訴え、それに、妻が懸命に応えてくれました。
 
9月以降に入っている仕事をキャンセルするしかなかったので全てのお客様に妻がお詫びを添えて断りを入れてくれたのです。妻には会社のことには全く関与していなかったので、どうしょうもない事情があるとはいえ、謝りので電話をすることは大変な事だったと思います。でも、文句も言わず懸命にフローしてくれたのです。
毎日、当たり前に一緒にいる妻でしたが、この時、あらためて妻という存在を確認した感じでもありました。
ん〜、何だろう、やっぱり感謝という気持ちが一番しっくりときます。
 

こんな時でも、お尻が気になる

今、これを書いていて思ったのですが、やはり、お尻の事を気にしていたように思えます。
 
うんちが漏れるんじゃないか、また、それをバレちゃいけない。
この期に及んで、まだこんなことをしていたんです。
恥ずかしいという思いからですが、このよう状態でも、まだこのような気持ちがあるということは、そんなに、脳梗塞で切羽詰まったような状況ではなかったのかもしれません。ただ、初めてのことなので動揺が大きかったのだと思います。
  
  
<大腸がん脳梗塞>ー記事一覧ー
なぜ、脳梗塞?
その1、救急車で運ばれる
その2、なぜ、脳梗塞?
その3、こころとからだ
検査始まる
その4、まずは胃カメラ
その5、2リットル下剤との戦い
その6、もうバレバレだよ
結果
その7、ステージ4の診断
その8、死ぬ気がしない?
方向性
その9、夫婦の一致
その10、方向性が決まる
その11、ネバーギブアップ

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